巻頭言

朝鮮半島の水資源環境調査の想いで
立正大学教授
日本地下水学会 会長

村 弘毅
昨年の夏ごろから今年の1月にかけて大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に共通する水資源と観光資源環境に関わる大きな二つのニュースが我が国の新聞やNHKの特派員ニュースで報道された。私は、興奮しながら記事を読み、テレビに傾注しました。小生が強い関心を抱いたのは、小生が1995年12月、韓国と北朝鮮の両国から依頼を受け、中国のコンサルタント会社の案内で団長資格で共同調査したことのある北朝鮮の金剛山地域と事業(水資源開発の可能性)に関する記事であったためである。昨年の最初のニュースは、ある大手の新聞の全国版によるもの、続いてのニュースはNHKの特別番組であったように記憶している。その内容は共通したもので、韓国政府の南北統一院は韓国の国内企業1社に史上2番目規模(最初の認可は大宇グループによる当該地域のリゾート開発計画)の北朝鮮に対する経済協力の合弁事業投資を認可したということでした。事業内容は、韓国の大手の依頼製造会社である“泰昌”が北朝鮮の南東で北緯38度の境界線付近に位置する名山“金剛山”の水資源を開発し、ミネラルウォーター製造プラントを建設しようとする北朝鮮の貿易総会社と合営会社(両国の投資総額970万ドル)を設立し、年間7万6000トンのミネラルウォーターを生産しようとする企画のものである。韓国、中国、日本の実業家と専門家が協力して北朝鮮の金剛山群における水資源開発の可能性について国際調査した結果が、大型のプロジェクトにつながる内容のニュースであったことから、当時の調査団長の小生としては、慶ばずにはいられなかったのである。当該地域は、渇水期の冬季でも流量が豊かであるばかりでなく、純水に近い良質の水質が保証される水源環境にある。関係者の話によると、江原道の港湾都市、元山港から金剛山まで鉄道が完成し、他の関連施設も完成に近いと聞くが、一時も早く施設が完成し、生産活動が開始されることを望んで止まない。やがて、日本でも古くから風光明媚で知られる金剛山塊の花崗岩の裂罅水と、花崗岩の礫や砂の間隙を透過して熟成した正真正銘の天然ミネラル水で乾いた喉を潤すことができるものと期待するものである。
 さらに今年の1月、前途の地域について三度目の新聞記事に接した。それは、金剛山地域の観光開発案が韓国と北朝鮮の共同事業として韓国の金大中次期大統領の側近により明らかにされたという記事があった。具体的な内容が不明であるので論議はさけるが、観光地には多量の水資源が確保されなげればならないという現実に対し、環境資源環境の保全上からも開発行為や観光客による涵養林や水源地の汚染防止には充分なる配慮が必要であるということを指摘しておきたい。
 金剛山群の西側は朝鮮半島有数の大河川、漢江の上流域にあたり、おおよそこの河の約1/3が北朝鮮内に分布し、残りの約2/3にあたる下流域は韓国側に分布している。思えば1983年当時、ソウル特別市の水道水源不足の解消のための水資源開発計画事業(世界銀行援助事業)のスタッフの一人として漢江流域の水収支計算の作業に携わったことがある。これは、当時韓国では1988年のオリンピック開催が決定しており、都市水源の確保が重要な水行政であった。また、1991年及び2001年の首都圏の計画人口を想定した水資源の開発も重要な研究課題があった。ソウル首都圏の水資源の開発は、漢江に依存するしかないのであるが、当時、韓国の華川市や春川市の中流域でも開発が既に進んでおり、有機物や化学肥料による河川水の汚染が著しかったことや、漢江の上流域が北朝鮮側に位置していることから、水文基礎データが不足し流域の水収支の計算で苦労したことなどが懐かしく思う。しかし、95年の調査は、漢江の源流域、北朝鮮の金剛山塊の小流域という限られた範囲でのものであったが、我が国では少なくなった涵養域での清流の存在を知り安堵した。ときの流れがあるにしても、韓国と朝鮮民主主義人民共和国の両国に渡って流れる大河、漢江水系を両国の協力を得て水資源研究の機会が小生に与えられたことは水文学者として冥利に尽きるもので、大変喜ばしく感じている。韓国における現在の金融危機がこれらの計画に影響しないよう案じている。