金属をためる植物たち

岩崎 貢三 高知大学 
農学部農学科 教授
(いわさき こうぞう)
岩崎 貢三
プロフィール
1985年 京都大学大学院農学研究科農芸化学専攻 修了
1987年 高知大学農学部助手
1990年 京都大学より農学博士授与
1991年 高知大学農学部助教授
1999年〜 2000年 文部科学省在外研究員としてドイツ、
      ハノーバー大学植物栄養学研究所
  2006年 高知大学農学部教授 現在に至る

  本稿では、大変盛況のうちに終了した「土地取引と土壌汚染対策の基礎講座」セミナーin 四国・中国においてご講演いただいた、高知大学 岩崎貢三教授のご紹介と同セミナーでのご講演内容について、編集者の取材記事としてご紹介させていただきます。

1. 研究室紹介
  化学肥料や農薬は、耕地面積あたりの生産性を著しく向上させ、増加する人口に見合う食料の増産に大きく貢献してきた。しかし同時に、農耕地の塩類集積や地下水の硝酸汚染、河川や湖沼の富栄養化などの環境問題、農産物の安全性への危惧を引き起こしたことも事実である。これからの食料生産では、環境への配慮を怠ることなく、生産性の持続と生産物の質的向上を実現させることが強く求められている。
  当研究室では、植物による養分の吸収と転流、各種元素の栄養生理、根圏環境に関する理解を深めることを基盤とし、
  1. 安全・安心な食料を生産するための環境にやさしい栽培技術
  2. 機能性成分などの付加価値を向上させるような作物栽培
  3. 植物根の吸収力を利用した環境浄化に関する研究を行っている。

2. 講演内容紹介
  「金属をためる植物たち」
  動物は栄養源として有機物を必要とするが、植物の栄養源はすべて無機物である。そして、必ず必要な無機元素(必須元素)として現在17種類が知られている。しかしこれら17種類以外の元素や有機物を吸収しないわけではない。元素の周期表でこれら17種類の元素と同じ族で近くに存在するカドミウムや砒素等の元素は、性質が似ているために植物が間違って吸収してしまう。このことを知っていないと、有害物質を吸収した作物を食べてしまうという危険がある。その一つの例がイタイイタイ病である。農用地の土壌汚染の問題は、昭和45年に農用地土壌汚染防止法が施行され、現在は既に90%近い農地の対策が終了している。また食品の安全性といった面でも国際的な基準値の整備が進んでいる。授業の後で「カドミウムの基準値はどのようにするのが良いか」と問うてみると、「厳しいほど良いので0ppm」と回答する学生が必ず出てくる。しかし、通常の土壌中には常に微量のカドミウムが存在するので0ということはありえない。そこで基準値の原則としては、「合理的に達成可能な範囲で、できる限り低い水準とすること」とされている。
  近年、植物を用いて土壌中の重金属類を除去する技術(ファイトレメディエーション)が注目されている。植物による金属集積メカニズムとしては、図-1に示される可能性が指摘されている。近年の研究では、スズシロソウから単離した液胞の中に、吸収した重金属の約5割が溜めこまれていたという報告もある(図-2)。効率的なファイトレメディエーションを行うためには、「バイオマスの大きな植物」または「生物濃縮係数の高い植物」を選定する必要がある。もちろんこれら2つを兼ね備えた植物が最も良いことになるが、現在のところその様な植物はなく、ファイトレメディエーションが普及しないひとつの理由となっている。

  鉱山跡地などに生育している「重金属超集積植物」の中には、通常の植物の示す含有率の約100倍以上の重金属を集積するものがあり、グンバイナズナの一種、スズシロソウ(写真1)、ヘビノネゴザ(写真2)等が知られている。これらは植物体内で重金属を無毒化するばかりでなく、根からの分泌物や共生微生物、根圏に生息する微生物群集の効果による強力な重金属獲得メカニズムを有すると考えられている。国内でのこの分野の研究は限られているが、海外ではその耐性メカニズムに関する研究が多く報告されており、遺伝子工学的な応用によって、将来的には「バイオマスの大きな植物」または「生物濃縮係数の高い植物」を兼ね備えた植物が出てくるかもしれない。
スズシロソウ
写真1 スズシロソウ
Arabis flagellosa

ヘビノネゴザ写真2 ヘビノネゴザ
Athyrium yokoscense
3. まとめ
  講演内容を総括すると以下の3点になる。
  1.動くことのできない植物は、与えられた環境に適応し生育するために、養分の確保や有害
    物質の集積・無毒化などの様々なメカニズムを有している。
  2.そのメカニズムは、植物種によって異なっており、同じ植物種でも、生育環境の違いによ
    って能力の発現程度に差が認められる。
  3.植物の金属集積メカニズムを解明することは、植物の生命の謎を解き明かすことにつな
    がるばかりでなく、これからの環境浄化技術を考える上でも重要である。