〜 特 別 寄 稿 〜

自然的原因・人為的原因による土壌の鉛汚染の識別法


丸茂 克美



独立行政法人 産業技術総合研究所
地質情報研究部門 主任研究員

丸茂 克美
丸茂 克美  プロフィール
1954年 東京都生まれ
1979年 名古屋大学大学院理学研究科
      前期博士課程終了
1989年 博士(理学)
2005年 独立行政法人産業技術総合研究所
      地質情報研究部門 主任研究員
      東北大学理学部地球物質科学科 
      助教授(併任)
      大阪電気通信大学大学院 客員教授

1.はじめに
  鉛は人為汚染を受けていない土壌の中に数mg/kgから数10mg/kg存在しています(所謂自然由来の鉛)。特に銅、鉛、亜鉛を含む金属鉱床には数%から数10%の濃度の鉛が濃縮しています。わが国では古代からこうした金属鉱床が開発され、採掘・精錬された鉛は、「おしろい」や「岩絵の具」、「火縄銃の弾」などの原料として使われてきました。こうしたわが国で産出した鉛は、所謂わが国古来の鉛(わが国固有の鉛と表現したほうが適切かもしれません)です。
  鉛はわが国の近代化・工業化とともにガソリンのアンチノック材や水道管、鉛ガラス、ペイント、バッテリーなどの原料として大量に消費されたため、国内の鉱山から供給される鉛だけでは需要を満たしきれず、海外鉱山から輸入されました。こうした鉛は海外の鉱山産という意味で外来性の鉛です。
  もし、鉛に指紋のようなものがあり、土壌中に含まれる海外鉱山産の鉛を、わが国古来の鉛と識別することができれば、近代以降の工業活動に起因する鉛と、それ以前の歴史時代に使われた鉛や自然由来の鉛とを区別することが可能になります。このような指紋に相当するものが鉛同位体です。鉛が土壌汚染原因となる有害物質の中でも上位に位置することを考えると、工業活動に起因する鉛汚染と、歴史時代の鉛汚染・自然由来の鉛汚染とを識別できる鉛の指紋は重要です。

2.鉛同位体組成の時間変化
  鉛には、質量数が204、206、207、208の4つの同位体が存在し、それぞれ204Pb、206Pb、207Pb、208Pbと呼ばれます(図1)。このうち、204Pbは最初から鉛でしたが、206Pbは元は質量数238のウラン(238U)で、このウランが半減期44.68億年で壊変して生成されたものです。同様に207Pbは質量数235のウラン(235U)が半減期7.038億年で壊変して生成されたものです。また208Pbは質量数232のトリウム(232Th)が半減期141億年で壊変して生成されました1)。ウランやトリウムは岩石や土壌中に微量元素として存在しますが、数億年という長い地質時間

図1 鉛同位体の起源
を経ると、ウランやトリウムの壊変で生成した206Pb、207Pb、208Pbの量は無視できなくなります。ちなみに地球創成時の各鉛同位体の存在割合(始原鉛の同位体存在割合)を推定すると、204Pb、206Pb、207Pb、208Pbはそれぞれ1.97%、18.83%、20.56%、58.62%程度で、現在ではそれらが1.34%、25.11%、21.06%、52.46%に変化し、206Pbが最も増加したことになります2)。これらは同位体組成の進化とでも言いましょうか。
  このように地球の鉛同位体組成は時間の経過とともに変化していきます。235Uは最も短い半減期で207Pbになってしまうため、現在では235Uはウランの中に1%未満しか含まれておらず(厳密には1/138)、99%以上のウランは238Uです。すなわち235Uの多くが時間の経過とともに207Pbになってしまったことになります。トリウムの場合にはほぼ100%が232Thであり、現在の土壌や岩石中での存在量は238Uの3〜4倍です。この232Thも半減期141億年で208Pbに壊変します。
  図2は45億年前にできた岩石に1.176ppmの235Uが、40.000ppmの238Uが、9.980ppmの232Thが含まれていたと仮定した場合(そのような時代の古い岩石はまだ発見されていませんが)に、これらのウランやトリウム含有量が時間経過とともにどのように減少するかを計算した結果です。45億年経過後の現在では、235Uは0.014ppm、238Uは1.990ppm、232Thは7.998ppmに減少することになります。一方計算によると、こうしたウランやトリウムの壊変により、岩石中の206Pbが2.01ppm、207Pbが1.16ppm、208Pbが1.98ppm増加することになります(図3)
  しかし、こうした増加率では現在の地球の鉛同位体組成(204Pb、206Pb、207Pb、208Pbの存在割合がそれぞれ1.34%、25.11%、21.06%、52.46%)を説明できません。なぜならば、図3は45億年から現在までの各鉛同位体の増加量を計算したに過ぎないからです。ウランやトリウムの起源は地球創生時よりも遥か昔に遡ります。そのため地球を作った材料物質の中には、こうしたウランやトリウムの壊変で生成した206Pb、207Pb、208Pbが存在していました。ちなみに宇宙に存在する元素の起源を論じた理論に従うと、太陽のような恒星内部の原子核反応によって生成される235Uと238Uの比(235U/238U)は1.64とされています3)。現在の235Uと238Uの比(235U/238U)は1/138ですので、相当量の207Pbが宇宙創成以来生成されたことになります。

図2 45億年前の岩石中の235U含有量が1.18ppm、238U含有量が4ppm、232Th含有量が9.98ppmであると仮定した場合に、これらのウランやトリウム含有量が時間とともにどのように減少するかを計算した結果



図3 45億年前の岩石中の235U含有量が1.18ppm、238U含有量が4ppm、232Th含有量が9.98ppmであると仮定した場合に、206Pb、207Pb、208Pbが時間とともにどのように増加するかを計算した結果
  地球の204Pbの量は、地球ができたときから普遍ですので、206Pb/204Pb比、207Pb/204Pb比、208Pb/204Pbの比は時間の経過とともに増加します。こうした鉛同位体比の時間変化(進化)は、岩石の年代測定に利用されます。また、鉛同位体比は鉛の起源を追跡するためにも有効な指標となります。例えば今から12億年前にマグマ活動に伴って鉛鉱床ができたとします。この場合には12億年前の鉛が集まって鉛鉱石ができたことになり、鉛は10億年前の同位体組成を保持(凍結という表現が適切かもしれません)します。地球の年齢を45億年とすると4)、地球の鉛同位体組成進化の概ね3/4を経た時点での同位体組成です。日本列島の地質は12億年よりずっと若いため、こうした鉱床は存在しませんが、海外の鉱床の中にはこうした古い時代にできたものがあります。
  一方、今から1千万年前の日本列島のマグマ活動に伴って鉛鉱床ができたとします。この鉱床の鉛(わが国古来の鉛)同位体組成は、12億年前に形成された海外の鉛鉱床の鉛より206Pb、207Pb、208Pbに富むことになります。海外の鉛鉱床が形成された後の12億年間に、地球の鉛同位体組成は進化し続けたためです。1千万年前に日本列島で鉛鉱床ができた場合、この鉱床の鉛は1千万年前の鉛同位体組成を保持(凍結)します。戦国時代や江戸時代に開発された鉛鉱床の中には、こうした鉛同位体組成を有するものがあると考えられます。

3.わが国の土壌の鉛同位体組成
  鉛同位体のうち、207Pb/206Pb比と208Pb/206Pb比は環境計量証明事業所などで使われているICP質量分析計で測定することができます。そのため様々な土壌の207Pb/206Pb比と208Pb/206Pb比を比べることにより、わが国古来の鉛と外来性の鉛の区別ができます。図4は「土壌・地質汚染評価基本図5万分の1姉崎」の作成過程で分析された千葉県姉崎地域の土壌・堆積物の207Pb/206Pb比と208Pb/206Pb比5)、および経済産業省の委託事業で行った日本各地の非汚染土壌や堆積物、自然由来の鉛汚染土壌(金属鉱床周辺の

図4 わが国の様々な土壌・堆積物試料の鉛同位体組成
 データには人為汚染を受けた土壌、姉崎地域の土壌・堆積物、関東・九州地域の火山灰質土壌、海成堆積物、花崗岩風化土壌、及び金属鉱床周辺の土壌が含まれる。
土壌)、工場跡地の人為汚染土壌の207Pb/206Pb比と208Pb/206Pb比をまとめたものです6)。千葉県姉崎地域の土壌・堆積物や日本各地の自然由来の鉛汚染土壌の207Pb/206Pb比と208Pb/206Pb比は、工場跡地の人為汚染土壌の207Pb/206Pb比や208Pb/206Pb比に比べて低いことがわかります。こうした相違は千葉県姉崎地域の土壌・堆積物や日本各地の自然由来の鉛汚染土壌の鉛はわが国古来の鉛であり、工場跡地の人為汚染土壌の鉛は海外鉱山から採掘された外来性の鉛によると考えられます。

4.おわりに

  土壌の鉛同位体組成には、宇宙誕生以来の恒星内部での原子核反応や、地球の歴史に関する情報が刻まれています。また鉛同位体組成は、鉛が濃縮して鉱床を形成した時代も記録しています。人間はこうした鉱床を発見して採掘、精錬、加工して利用してきました。鉛同位体組成は鉱床の年代測定や遺跡の調査でも使われ、古代人がどこから鉛を採掘、精錬、加工し、運んできたかを知る手がかりとなります。我々も地質学者や考古学者になったつもりになって、汚染土壌調査をし、わが国の近代や現代における鉛の流通ルートを想像し、古代人や戦国武将らの鉛開発の姿を思い浮かべて見るのも楽しいかもしれません。

1)多賀光彦・那須淑子、地球の化学と環境、三共出版(1994)
2)木越邦彦、年代測定法、紀伊国屋出版(1965)
3)松尾禎士監修、地球化学、講談社サイエンティフィック(1989)
4)東京大学地球惑星システム科学講座編、進化する地球惑星システム、東京大学出版会 (2004)
5)産業技術総合研究所地質調査総合センター編集・発行、土壌・地質汚染評価基本図5万分の1姉崎
  (2003)
6)丸茂克美・江橋俊臣・氏家 亨、日本各地の土壌中の重金属含有量と鉛同位体組成、資源地質、
  (2003)、53、 125-146.