汚染に適した浄化対策の選択

国立衛生研究所化学環境部部長  中杉 修身
 1982年の環境庁の調査でトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンが全国にまたがる広範は地下水から検出されたことから、土壌・地下水汚染が社会的な関心を集め、汚染実態を解明するための調査が進められ、多様な汚染物質が見出されている。土壌・地下水汚染は、汚染物資の動きが遅いため、大気や表流水とは異なり、汚染物質の浸入を止めただけでは容易にはきれいにならないため、浄化対策を実施する必要があるが、汚染物質によって汚染の形態が異なるため、その性状にあわせて適切な対策を選択することが大切となる。

 トリクロロエチレン等のハロカーボンは、重い液体である、土壌に吸着しにくい、粘性が低いなど、浸透しやすい性質を持つ上に、微生物によって分解されにくく、最も地下水を汚染しやすい物質である。帯水層まで容易に浸透して液状のままで存在し、その周辺の地下水には水質環境基準をはるかに上回る汚染を引き起こすことが、水溶解度はあまり大きくないため、浄化対策を実施しないと、長い間地下水を汚染しつづけることになる。しかし、深層まで侵入している場合が多いこと、作業中に大気中に揮散する可能性があるため、汚染度場の掘削・除去は必ずしも適切でない。また、水溶解度に近い高濃度のハロカーボンを分解する微生物がみいだされておらず、バイオレメディエーションも効果的な対策とは言えない。さらに、液状のハロカーボンが滞留する土壌・地下水に空気などを注入することは、汚染の拡散を促進するおそれがある。一般的にハロカーボンによる汚染の浄化には、汚染地下水の揚水や土壌ガス吸引を適用するのが適切である。

 ベンゼンなどの低分子炭化水素は、水よりも軽いことと、微生物に分解されやすいことを除くと、ハロカーボンと似た性状を有し、地下水を汚染しやすい化学物質の1つである。低分子炭化水素は、水よりも軽いため、液状のままで地下水の流れにのって移動するため、汚染が見出されたら、直ちに拡散を防止するための措置を取る必要がある。低分子炭化水素は、微生物分解されるため、ハロカーボンに比べると汚染期間は短いと考えられるが、液状の炭化水素が侵入している場合などには、浄化対策が必要となる。ハロカーボンと同様の浄化技術が適用できると考えられるが、好気的条件下で微生物分解されやすいことから、バイオレメディエーションも有功と考えられる。

 高分子炭化水素は粘性が低くなるため、ハロカーボンや低分子炭化水素に比べて浸透しにくいが、低分子炭化水素などが共存すると容易に浸透して地下水を汚染する。高分子炭化水素は、揮発しにくく、水に溶けにくく、微生物分解されにくいため、低分子炭化水素が除かれた後も、土壌中に長期に残留することになる。原油は揮発油などによる土壌汚染では、時間が経過すると、低分子炭化水素が除かれ、高分子炭化水素だけが残る場合が多い。汚染土壌中の高分子炭化水素は、低分子炭化水素やハロカーボンに用いられた浄化技術は有功ではかく、あまり深い汚染でなければ掘削・除去してから処理するのが適切と考えられる。掘削した土壌の処理方法としては焼却処理などが考えられるが、土壌中の高分子炭化水素を効率よく分解する技術も開発されている。

 PCBやダイオキシンなどは、粘性が高かったり、固体であるため、そのままでは浸透できない。水に溶けて浸透するにしても、土壌に吸着されやすいため、容易には浸透できず、廃棄物として埋設した場合などを除いて、汚染は比較的表層に止まる。特にダイオキシンなどのように主に大気から供給される汚染物質は、ごく表面の薄い層に止まるため、土壌汚染の評価を行う場合に、一定深度までの土壌を採取して分析する方法では、飛散した土壌粒子を吸収することなどによるリスクが正しく評価されないおそれがある。汚染が比較的表層に止まること、揮発性の低いことなどから、浄化対策として掘削・除去が最も有効と考えられる。しかし、掘削・除去した土壌の処理では、現状では封じ込めが最も多いが、できる限り汚染物質を分解・無害化することが望ましい。

 重金属などの無機元素も浸透しにくく、人為起源によって地下水汚染が引き起こされる可能性は高くないが、自然土壌中に含まれる無機元素が溶けだして地下水を汚染する可能性がある。ヒ素、水銀うあホウ素などがハロカーボンを上回る超過率で地下水から検出されているが、その多くは自然起源の汚染と考えられる。人為紀元の無機元素は表層土壌に止まるため、PCBなどの汚染と同様、掘削・除去した後、土壌から汚染物質を分離する方法が有功と考えられる。選鉱技術などを応用した汚染土壌中の無機元素の分離技術が開発されている

 最も広範な地下水汚染が見られているのは、硝酸性窒素による汚染である。硝酸性窒素は水に溶けて浸透するため、比較的浅層の地下水に汚染が止まる傾向がある。肥料の施用が主な汚染源と考えられ、汚染が面的な広がりをもつため、土壌に対して浄化対策を行なうことは現実的ではなく、汚染地下水の揚水以外、有効な浄化対策は見当たらない。

 今後、新たな汚染物質として注目されるのは、1,4−ジオキサンなどの水溶解度の高い有機物でる。これらの汚染物質は帯水層付近に達すると、高濃度の地下水汚染を引き起こすおそれがある。このため、事故などで浸透が確認された場合には、直ちに拡散を防止する措置をとる必要がある。水溶解度が高いため、土壌中に長期に残留する可能性は高くないと考えられるが、1,4−ジオキサンは1,1,1−トリクロロエタンの安定剤として用いられており、1,1,1−トリクロロエタンと地下水の間で分配され、汚染が長く続くおそれがある。このような汚染物質の浄化は、揮発性が必ずしも高くないため、地下水の揚水が有効と考えられるが、揚水した地下水から汚染物質を取り除くのは必ずしも容易ではない。

 このように、汚染物質の性状に応じて効果的な浄化技術を選択することが求められるが、浄化対策の進行にあわせて適用する浄化技術をかえることも重要となる。また、複数の汚染物質が存在する場合、土壌・地下水中を動きやすい汚染物質から浄化していく必要がある。ハロカーボンや低分子炭化水素が液状で存在する場合には、まずそれらを除いてから次の対策を実施していく必要がある。また、浄化対策を実施しても、地下水濃度は短期間に低下しない場合が多い。他の浄化技術を適用しても、地下水濃度が低下しない場合には、地下水揚水を行うことになる。このような場合には、一定期間地下水を揚水した後は、自然の浄化能に委ねざるを得ない場合もしょうじてくると考えられる。この際には、地下水汚染の浄化を完全におこなうことはできず、多様な技術を適切に組み合わせて行くことが必要となるが、効果的に対策を実施していくためには、さらに多くの特徴ある浄化技術を用意する必要がある。