特 別 寄 稿 〜

地下水・土壌汚染雑感
 − この20年とこれから −


田瀬 則雄
 筑波大学
 地球科学系教授
 田瀬 則雄
田瀬 則雄 プロフィール
1947年 北海道生まれ
1970年 東京教育大学理学部卒
1976年 コロラド州立大学大学院修了
1979年 筑波大学地球科学系講師、のち助教授を経て
1998年 教授

  明けましておめでとうございます。今年も土壌環境センターならびに会員の方々のますますのご発展、ご活躍を期待いたします。

  私が地下水・土壌汚染に意識的に取り組むようになったのは1983〜4年であったと思います。従って、ちょうど20年になります。トリクロロエチレンなどによる地下水汚染が大きな問題となり始め、環境庁委託の日本水質汚濁研究協会(現在の水環境学会)の地下水質保全対策調査委員会や「市街地土壌汚染問題検討会」へ参加させていただいたときからです。1985年には文部省の在外研究で10ヶ月アメリカへ遊学させてもらい、地下水汚染についてのいろいろな情報を得ることができ、処分場やガソリンスタンドの汚染現場などの見学もできました。その後、地下水汚染が私の研究のメインテーマとなり、トリクロロエチレン、洗剤、農薬、ほう素、そして硝酸性窒素による地下水汚染に関係してきました。

  わが国における地下水・土壌汚染問題におけるこの20年の流れには、目を見張るものがあります。1980年代初めは、トリクロロエチレンによる地下水汚染に対して、対応、調査方法は手探りの状態でした。産官学の連携のもとに、科学的知見の集積とともに調査法、浄化技術などが確立され、現在ではかなりの問題に対処できるようになってきていると思います。この間に水質汚濁防止法の改正(1989)、土壌環境基準の制定(1991)、地下水環境基準の制定(1997)、各種の調査対策指針のとりまとめなどがなされました。2003年2月には土壌汚染対策法が施行され、土壌に関しても法制度が整備されたこととなりました。土壌環境監理士の制度も認知されてきているようです。しかし、これですべての地下水・土壌汚染問題に対応できるわけではなく、解決しなければならない課題はまだまだ山積しています。硝酸性窒素については、未だに実効的な対策・浄化方法は確立されていません。土壌汚染対策では、景気の低迷が続くこともあり、危惧されていたいくつかの問題点も顕在化してきているようで、ストック型の負の遺産として後世に残さないためにも、一層の努力を我々はしなくてはならないと思います。

  昨年の6月につくば市で開催された「第9回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」には延べ700人以上の参加者があり、これまで以上の盛り上がりをみせたのは、土壌汚染対策法の施行を機に大きなビジネスチャンスとなっているためと思われます。参加者の大体の内訳は、官界が30名、学界が60名、民間が600名で、発表件数169件の内訳も、基礎的な研究54件に対し処理対策(技術)に関するものが92件と少し偏りが目立つようです。技術に走りすぎて単に自社の技術宣伝をしている発表もみうけられたのは残念でした。処理対策技術は今後ますます重要になることは明らかですので、汚染集会では技術の科学的バックグランド、長短所、適用条件など情報の交換と共有化に重点をおいていただきたいと思います。大学院生は若干見られたが、学部学生の参加がほとんどみられないのは、非常に残念でした。学部レベルで地下水・土壌汚染を教育・研究している所はほとんどないので、難しいのかもしれませんが、有能な後継者を確保するために、たとえば、会社説明会を同時に開催するなど、何か工夫をしていただけると大学側としてもありがたいことです。もちろん大学側の努力が基本だと思いますが。

  情報の共有化という点では、土壌環境センターに是非していただきたいと思っていることがあります。それは汚染調査対策事例のデータベース化であります。最近は、事業者の環境保全に対する意識が高まり、地下水・土壌汚染の自主的調査結果や汚染が判明した場合の積極的な公開がかなり多くなりました。ホームページなどを探すと結構見つかります。多くの自治体も住民への情報開示のために汚染調査結果を公表しているようです。これらの情報開示、すなわち汚染の実態を知ることは、未然防止のためにも不可欠です。ただし、HP上の情報は十分でないこともあり、時間がたつと消去されてしまうことがほとんどです。これらの調査(+対策)情報を、事業主、自治体の協力を得て、系統的に整理し、データベース化できると、地下水・土壌汚染問題は新たな展開をするのではと期待できます。

  土壌・地下水汚染の調査・対策技術はかなり確立しましたが、それらの費用は安いものではないようです。とくに浄化対策費用は数十億円になることもあると聞いています。これから必要なのは、安価で効率的な対策(浄化)技術の開発、実用化です。このため方策の一つは、自然の浄化機能を活用することだと考えています。油類、硝酸性窒素、一部の有害化学物質は時間がかかることがありますが、自然に浄化される部分があります。MNA(科学的自然減衰)はその基盤であると思います。この自然の力をさらに増幅、強化することにより、とくに原位置で浄化すれば、安価にできる可能性があります。私の現在の主要研究テーマは「自然浄化機能を活用した硝酸性窒素の浄化」であり、まずは自然界で起こっている硝酸性窒素の自然浄化プロセスの実態を解明することです。図は筑波台地の末端部で観測した硝酸イオンの消失(浄化)の状況を示したものです(菅原・田瀬、発表予定)。3次元で浄化ゾーンを示した貴重な研究であると自負しています。周辺から馬蹄形の谷地へ流入してきた50mg/L以上の硝酸イオンが数mg/L以下と見事に減衰しています。図からもわかるように浄化ゾーンは限られた帯状の空間で、このゾーンの存在位置・条件と浄化プロセスを明らかにすることで、次のステップへ進めるものと考えています。自然浄化は安価である可能性が高いのですが、これは逆にみるとあまりビジネスにならないと言うことになるかもしれません。この辺の基礎研究は大学が行わなければならないのでしょうが、センターや企業からのサポートも必要です。連携・協力して、なんとか安価で実効性のある浄化法を早急に確立したいものです。

  新年早々、戯れ言を書いてしまいましたが、地下水・土壌汚染問題は産官学が一丸となって叡智を絞って解決しなくてはならない課題だと思います。土壌環境センターにはその橋渡し・舵取りを期待しています。