特 別 寄 稿 〜

土壌・地下水汚染の修復技術システムとその検証



森澤 眞輔
 京都大学大学院
 工学研究科
 教授 森澤 眞輔
森澤 眞輔 プロフィール
1946年 兵庫県生まれ
1969年 京都大学工学部卒、
     のち同大学院博士課程中退
1973年 京都大学工学部助手、のち助教授を経て
1995年 京都大学工学部教授、のち同大学院教授
     現在に至る

1.はじめに
  欧米からの導入技術に頼って出発したわが国の土壌・地下水汚染の修復も一昔前とはその様相を大きく変化させている。わが国の自然・社会条件に適応した土壌・地下水汚染の修復技術が開発され、土壌汚染対策法等の法整備とあいまって、汚染修復の事例が蓄積されつつある。関係各位の努力の賜であるといえる。表面水の汚染や大気の汚染が、依然として環境への排出抑制手段によって対処・制御されているのに対し、土壌・地下水汚染は環境そのものを修復の対象として、種々の対策が講じられている。他の型の環境汚染に比較して、土壌・地下水汚染対策に見られるユニークかつ先進的な特色である。

2.土壌汚染対策技術システムを検証するフィールドの確保
  土壌・地下水汚染対策を進める上での注目点の一つとして、土壌・地下水圏を総合的に管理するために必要なシステムの整備を挙げることができよう。汚染を発見して汚染範囲を特定し、修復の必要性を判定し、最適な修復技術を選定し、修復工事の施工、修復完了の確認・品質保証、事後の監視に至る一連のプロセスを全体として管理するためのシステムの開発を急ぐ必要がある。このプロセスは、例えば図−1のように整理することができる。
  図−1に例示した個々の事項は、技術開発の対象事項として実験室において基礎研究が実施され、また現場において既に実用化されているものも多い。しかし、それらがシステムとして統合され、その実用性が現場において検証された事例は皆無に近い。個別技術の境界面において種々の矛盾が表面化する例は多く、それ故にシステムを全体として管理することにより、汚染対策の技術システムはそのレベルを一段と向上させることになる。
  土壌・地下水汚染管理システムの有り様が、実用的に意味がある規模で吟味されない理由の一つは、土壌・地下水汚染に関わる一連のシステムの有効性を総合的に検証するべき「現場」が
図-1 土壌・地下水汚染管理の枠組み

図-1 土壌・地下水汚染管理の枠組み
(森澤眞輔編著、「土壌圏の管理技術」、
コロナ社(2002)を一部改変)
確保されていないことにある。公的な試験地が確保され、よく設計・管理された方式により汚染状況の把握から修復の完了確認・事後監視に至る一連のプロセスを実施・検証すると共に、関連データを学術的に公開するプロジェクトの実施が強く望まれる。現在、地下水・土壌汚染管理に関する技術が、ソフトあるいはハードを問わず、種々開発されており、そのフィールドでの検証の機会を待っている。とりわけ、工事に先立つ環境調査とそれに基づく工事や汚染調査の妥当性、修復工事による過剰修復や修復ミスの可能性の吟味、修復の品質保証のあり方、事後監視の必要性やその方法等、同じフィールドにおいて条件を整えて、それらの技術を適用することによって、それぞれの技術の優劣や解決すべき問題点、適用可能条件等が具体的に明らかにされる。この分野の学術研究の高度化は勿論、実用的な技術開発を刺激し、わが国固有の環境・社会・経済条件に適した技術・システムの構築が飛躍的に促進されるものと期待される。
  公的機関により運用される検証・試験フィールドの確保と統一された土壌・地下水汚染総合対策技術検証プロジェクトの設定を提案したい。

3.汚染修復から汚染予防へ

  土壌・地下水対策は本格的な汚染修復が開始されつつある段階にある。汚染修復の事例はますます増加するであろう。汚染対策の実施のために解決すべき事項がなお多く残されてはいるが、同時に、汚染防止を視野に修めた地圏環境管理のための戦略の拡大が必要である。戦略拡大の視点は、他の多くの環境汚染対策と同様に、「汚染修復対策から汚染予防対策へ」、「点汚染源対策から面汚染源対策へ」向かうことになろう。

(1)汚染ポテンシャルマップの作成
  地圏環境管理の重点を汚染の修復から汚染の予防に移す上でも、汚染ポテンシャルマップは大きな役割を担うと期待される。米国においては、例えばDRASTIC法と呼ばれる手法が適用され、地下水汚染に対する地層の脆弱性が評価され、その結果が地図情報(地層の脆弱性マップ)としてとりまとめられている。脆弱性マップは、有害物質の漏洩がその位置においてどの程度の汚染をもたらすかを図示しており、例えば、面的に広がる土地利用のあり方を検討・管理する場合に活用される。
  一方、例えば地下水の取水位置のように管理したい場所が決まっている場合には、ある位置での有害物質の漏洩が管理したい位置にもたらす汚染の程度を図示するのが有効である。管理対象位置に影響を及ぼす漏出位置が図上に表示され、当該位置の汚染を予防するために管理する必要がある領域(影響範囲)が、想定される汚染の程度と共に示されることになる。面的な汚染管理ではなく、特定の地点の汚染を予防・管理するために使われる。
  地下水汚染ポテンシャルマップを実際に描画するためには、関連情報を相当の精度で収集する必要があるものの、克服すべき技術上の課題は限られている。しかし、土壌汚染に対するポテンシャルマップを作成するためには、汚染予測の手法を開発するなど、克服すべき技術上の課題がより多く残されている。モデル地区を定めてこれらの汚染ポテンシャルマップを作成し、その有効性を確認することから開始するべきであると思われる。

(2)環境監査システムの導入
  平成13年度からPRTR法が施行され、指定物質の排出量が平成14年度から公表されている。土壌や地下水の汚染が事業所の敷地内に留まっている場合であっても、汚染の有無や、排出される指定物質による敷地外環境への影響等に対する社会の関心はますます大きくなると思われる。
  多くの事業所において、ISO14000s環境監査の認証が取得され、自律的な環境管理が進められている。土壌や地下水汚染がどの程度の割合で環境管理の目標に設定されているかは不明であるが、これらの環境監査システムは、土壌・地下水汚染管理・修復にも大きな効果をもたらすと期待される。地下水汚染ポテンシャルマップ等は、その支援ツールとしても効力を発揮するであろう。環境汚染の包括的な予防管理に効力を有すると期待されるこれらのシステムを積極的に活用する必要がある。

(3)総合的なリスク管理
  現に汚染されている場所の修復の要否を評価する場合、汚染される可能性がある場所の汚染予防策を、その緊急度や優先順位を含めて合理的に立案する場合等には、汚染によってもたらされるリスクを定量的に評価する必要がある。リスクの態様は図−1に示す各ステージにおいて異なることから、それぞれの態様に応じたリスク評価が求められる。
  危険(対策が必須)と安全(対策不要)とを峻別する従来型の環境汚染対策に比較すると、リスク概念に基づく環境管理は、危険と安全との間のグレイゾーンをオープンにすることから着手される。このような環境管理が社会に定着するにはなお多くの試み、調査・研究が必要になると思われる。この試みは、現に汚染している土壌や地下水に優先順位を付し、戦略的に修復する上でも、また土壌・地下水汚染管理を汚染対策型から汚染予防型に転換するためにも必須の要件である。

4.おわりに
  土壌汚染対策法の下で、地下水・土壌汚染修復が進むにつれ、地圏環境のモニタリング、汚染発見から修復、品質保証と跡地利用、土地売買、汚染予防等の地圏環境管理の全体を視野に修めた取り組みの具体化がますます強く要請されることになろう。
  地圏環境管理が技術の視点からのみではトータルには達成し得ないことは明らかであるが、同時に技術が解決・貢献しなければ達成し得ない項目は多い。文字通り人々の生活を支える地圏の総合的な管理の枠組みづくりに邁進したいものである。