特 別 寄 稿 〜

企業と市民のパートナーシップを育む、 これからの環境コミュニケーション



崎田裕子氏
 ジャーナリスト・
 環境カウンセラー
 崎田 裕子
崎田 裕子 プロフィール
1974年 立教大学社会学部産業関係学科卒業
1985年 フリージャーナリストに
1997年 環境カウンセラー登録(環境庁)
1998年 元気なごみ仲間の会事務局長
2002年 「化学物質と環境円卓会議」メンバー
2003年 中央環境審議会委員

◆はじめに
  人と自然、そしてすべてのいのちが、いつまでも快適にくらせる環境を次の世代に伝えたい。これは、わたしたち親世代の共通の願いであり、役割でもあると感じています。
  特に、持続可能な社会の実現が緊急課題の今、企業と市民、そして行政が信頼を持って共に歩みを進めていくことが、重要な鍵となるはずです。
  このような状況の中、社会の様々な場面で「連携」と「協働」の取り組みが始まっていますが、化学物質に関る分野では、緊密な連携に向けてようやく進み始めたところといえます。
  そこで、特に企業と市民のパートナーシップを育むための環境コミュニケーションのあり方を、生活者の視点で展望いたします。

◆くらしと化学物質
  2年前、スウエーデンのゼロエミッション先進地視察で、イエテボリ市の『エコライフセンター』を訪れました。
  いわゆる環境学習センターで、実際のくらしの中での様子や課題をわかりやすく展示した「エネルギーの部屋」「消費生活の部屋」「廃棄物の部屋」「水循環の部屋」などのコーナーが並ぶ中に、「暮らしと化学物質の部屋」がありました。
  このとき、エネルギーや廃棄物などと同じスペースを割いて、くらしの中での化学物質の存在や、化学品の扱い方、処理の仕方などが、市販のペンキ缶、クリーナー類、殺虫剤などの実物と共に展示されていたことが、大変印象に残りました。
  私たちのくらしは、様々な化学物質の力を借りた製品で成り立っています。とっても便利にはなりましたが、その選び方、使い方、保管、廃棄をきちんとしないと大変です。
  例えば排水溝から下水に流したり、庭や池に流してしまったら、自然環境や生き物に大きな影響を与えてしまうんだよ、というメッセージが、「くらしと化学物質の部屋」からきちんと伝わってきました。
  また、市内には、このような廃棄物の回収システムが整っています。使い残しのペンキや、蛍光管、乾電池、バッテリーなど有害廃棄物専用の回収場所として、ガソリンスタンドが指定されており、見学したスタンドでは、敷地のはずれに鍵のかかったボックス型倉庫が設置されていました。市民は、都合のいいときに車で立ち寄り、鍵を借りて中に入れておけばいいのです。

◆継続的な情報発信の大切さ
  この視察の一環として訪れた大きな団地の造成現場では、工場跡地から住宅地への転用だったために、土壌汚染対策としてまず土を入れ替えているとの事。一見、大きなショベルカーで土を掘り起こして、造成しているように見えましたが、実は入れ替えているのだと知り、私は驚くばかり。
  同じ視察団におられた建設会社の方が、「これほどの規模はあまりないですが、日本でも結構行われているんですよ」と教えてくださり、そのことに再び驚いたことを覚えています。
  かなり費用をかけた作業ながら、今回の「土壌汚染対策法」に関する報道があるまでは、このような作業が行われていること自体を、普通の市民はあまり知らなかったのではないでしょうか。
  視察から戻って冷静に考えると、私たちの普段の暮らしと化学物質のつながりに関する情報は少なく、センセーショナルな話題として報道される機会が多いといえます。その結果、どうも私を含めて化学的専門知識の少ない生活者は、化学物質というとただこわいものという漠然とした印象が先に浮かんでしまいがちです。
  情報が普段から適切に流れれば、消費者自身もそれを冷静に受け止め、考え、対処する習慣が定着するのではないでしょうか。

◆情報発信から交流へ
  正確にいえば、化学物質そのものの情報発信については、最近、急激に増えているといえます。
  平成11年に公布された「化学物質排出把握管理促進法」(PRTR法)に基づき、第1回目となる平成13年度のPRTRデータが、環境省と経済産業省から平成15年3月に公表されたばかり。
  人の健康や動植物に有害性のある354種類の化学物質について、大量に扱う事業所が届け出るもので、「化学物質の排出量・移動量の集計結果」によれば、全国35,000事業所から届出があったとか。内容も排出量の多い業種、移動先として多い場所、移動する物質など詳細にわたっており、今後は、このデータをどう読むのか、何が分かるのか、その点をきちんと視野に入れての情報発信を期待しています。
  この情報発信の際、いくら情報量が多くても、わたしたち市民が化学物質とどう付き合ったらいいのか、理解を助ける分かりやすい切り口での情報がないと、かえって不安になりやすいものです。単なる情報発信ではなく、情報交流、いわゆるコミュニケーションすることで、事業活動と生活者の信頼をつなぐことが重要となるのではないでしょうか。
  この情報交流に視点をあてた事例があります。
  PRTRデータ公表の前年度に、地域を軸にした化学物質のリスクコミュニケーションに、東京都環境局有害化学物質対策課が取り組んだもの。
  そのモデル事業の一環として開催された「環境報告書を読む会」に昨年参加しましたが、実施場所は大手家電メーカーの調布工場。住民や地域の環境活動グループに呼びかけて会合となりました。
  「読む会」の前に実施した来場者アンケートによれば、その工場の抱える環境リスクに「不安」あるいは「不安ではない」と意思表示した人は一握り。「どちらかわからない」が圧倒的でした。
  ところが、工場の環境担当者からの「環境報告書」の説明と質疑応答を経て再度アンケートをとると、「不安」「わからない」「不安ではない」がほぼ均等に分かれ、夫々の意識が明確になってきました。
  また、ほとんどの参加者が、同様な会合の継続を希望し、その際の講師として、専門の研究者よりその工場で働く担当者を希望する人が多かったそうです。顔が見える信頼感と、地域生活に密着した内容説明を求めており、これこそが環境コミュニケーションの原点といえます。

◆人をつなぐ人材、知識をつなぐ人材
  この事例から見ても、地域のなかで、人と人をつなぐ環境コミュニケーションを目指すとき、ただ外部の専門研究者というより、工場と住民のつなぎ手としての人材が求められているといえます。
  例えば環境省に登録する環境カウンセラーは、全国で3000人。パートナーシップのつなぎ手として、事業者部門と市民部門にわけて登録されており、ホームページでも詳細が公表されています。そのほか、県や市など地域の自治体も環境学習リーダー(名称は多様)などを養成している地域が増えています。
 なお、専門研究者よりもっと身近な専門家として、環境省の化学物質アドバイザー制度パイロット事業が平成14年から始まっています。
  化学品の分類と表示に関する新しいシステム(GHS)に関する国連勧告も、平成15年の6月に出るといわれています。化学物質のリスクコミュニケーション推進が緊急課題の今、客観的情報提供のできる人材として化学物質アドバイザーの養成に大いに期待したいと思っています。

  くらしの中での化学品との付き合い方、地域の工場や事業者の化学物質使用情報との付き合い方だけでなく、土壌汚染対策、PCB廃棄物処理、核廃棄物処理など、私たちが将来を見据えて共に解決して行かなければいけない化学物質に関連する課題はいろいろあります。
  情報の公開と交流を推進して、社会全体の日常の関心を高めて行くことが、すべての課題解決に向けて企業と市民が共に歩むための、重要な一歩と考えています。