特別寄稿 〜

学・農・行の連携で地下水保全

〜各務原台地の地下水を支えた学者と農業団体〜
 


前各務原市長
 平野 喜八郎


地下水汚染の判明と驚愕
 
私がはじめて各務原市長に就任したのは、昭和48年5月のことでした。就任間もなく、当市の上水道水源となっている地下水の硝酸性窒素汚染の報告があり、驚愕し、わが耳を疑いました。地下水は「いつまでも安全で良質」と信じていたからです。
  そのときにまず私の脳裏をよぎったのは、汚染の原因や程度・範囲ということよりも、「水道水源は大丈夫か?」ということでした。それが私の市長としての地下水保全への取り組みの始まりであり、「水人(みずもり)」の諸先生たちとの出会いでもありました。

汚染の判明…そして何をすべきか
  汚染の存在が判明しましたが、「汚染の範囲や程度」、「汚染の原因」、「水道水源への影響」などについては何も分かっていませんでしたので、素人(行政だけ)では正しい方向性が得られないのではないかと危惧し、まず専門家(学者・研究者)に詳細な調査・研究をお願いし大きな成果を挙げていただきました。専門家による科学的知見に沿って対策を実施できたことが当市の地下水保全対策の大きな特徴ともなっています。私は、当市の地下水保全に関わっていただいた諸先生を、その献身的なご尽力に頭が下がる思いで、万葉の時代の「防人」になぞらえて「水人」と呼ばせていただいてきました。

水人諸先生の献身的な貢献と相互連携
  こうした経緯で当市の地下水対策は、学者と行政による連携という形で進むことになりましたが、その中心的な役割を担っていただいたのが小瀬洋喜先生でした。小瀬先生は、汚染がいつから起りはじめたのかを特定するために現場に日参されました。特に印象的だったのは、「原因が農地にあるのなら暗渠排水中の硝酸性窒素濃度が高いはずだ」と言われ、雨が降るたびに農地に出向かれていたお姿には頭が下がる思いでした。
  やがて、地下水汚染の範囲が特定できてきますと、次のステップへと調査が移っていくことになりますが、小瀬先生が提案されたのは「地下水対策には見えざる地下を見ることが不可欠」、というものでした。そして小瀬先生のパートナーとして参加されたのが横山卓雄先生でした。横山先生は少年時代まで当市にお住まいであり、当市をよくご存知でしたので幸いでした。横山先生は主に各務原台地における地下水の賦存状況の解明にご尽力いただきました。横山先生は京都にご在住でしたが、終電車の時間近くまで当市に残っていただき、遅れないかとハラハラすることが何度もありました。他の先生方についても書ききれないほどのエピソードが記憶にあります。

「地下水研究会」の発足
  私は、市民の命の水とも言うべき上水道水源への悪影響を回避し得たのは、小瀬・横山両先生を核に組織された「各務原地下水研究会」の成果であると考えています。また、研究会の知見「減肥により営農と地下水保全の共生が可能」を、施肥設計の改善という具体的対策を実施された白木康彦氏(当時JAかかみがはら営農部長)をはじめとする農業関係者の協力あっての賜物であると考えています。
  研究会は、小瀬・横山両先生のほかに堀内孝次先生、船坂鐐三先生、永瀬久光先生、寺尾宏先生、肥田登先生にも加わっていただき、本格的な「学」と「行」の連携がはじまっていくことになりました。

三原則を提案された研究会
  私が三原則とした「公表」(データの公表と研究成果の発表)、「対策の実施」、「汚染井戸利用者の救済」は、諸先生と市との合同会議の席で研究会と市が確認しあったものです。今日では、データの公表は当り前となっていますが、当市では研究会としての方針「地下水対策は公表しながら」が、そのまま当市の方針でもありました。

「減肥」は農業関係者の協力
 汚染は、市東部のニンジン畑で施肥される窒素肥料分の地下への溶脱が主因であると判明しましたが、農業関係者からの反発は半端なものではありませんでした。「肥料が地下水汚染の原因とは聞いたことがない」、「各務原だけが特別に大量の肥料を施している訳ではない」、「各務原だけで起きるはずがない」…、などの多くの反論が寄せられました。
  しかし、最終的にはJAかかみがはらをはじめとする農業関係者の皆さんが「ニンジンは大切だが、水はもっと大切」として施肥設計の見直しとその実行に向かっていただけました。当市の地下水汚染が低減の方向に向かいつつある実質の理由はここにあると考えています。とくに、当時JAの営農部長という職責で営農と地下水の共存にご尽力いただいた白木康彦氏には今も頭が下がる思いです。

最後に
  各務原の地下水対策は特別なことがされたのか?と聞かれることがありますが、そのようなことは何もありません。極めて常識的な対応をしてきたに過ぎないと考えています。「常識的な対応」とは、
 ○汚染の原因がわからない→解明のための調査を実施する
 ○汚染は見えない地下で起きている→地下を見る
 ○主因が判った→主因を取り除く(軽減する)
 ○飲み水に関係するデータ→公表して理解を求める
  だと考えています。あえて特徴なるものが存在するとすれば、それは小瀬先生に代表される地下水研究会の存在、白木康彦氏に代表されるJAかかみがはらの存在だと考えています。
  最後に、地下水はわが国の水環境にとって大切な水域であり、また、大切な資源でもあるはずです。一旦汚れてしまったからといって安易に捨てることなく、よみがえらせる努力を続けていただきたいと切に願うものであります。
  当市の地下水について、思うままに筆をとり、振り返ってみました。

各務原地下水研究会のご紹介
小瀬 洋喜(おせ ようき)  
   岐阜薬科大学名誉教授  研究会代表、総括
横山 卓雄(よこやま たくお)  
   同志社大学理工学研究所教授  ご担当:地質学、地下地質構造、地下水賦存状況
堀内 孝次(ほりうち たかつぐ)  
   岐阜大学農学部教授  ご担当:作物学、肥料成分の溶脱と吸収
船坂 鐐三(ふなさか りょうぞう)  
   岐阜県公衆衛生検査センター部長  ご担当:試料分析・解析、情報処理、公衆衛生
永瀬 久光(ながせ ひさみつ)  
   岐阜薬科大学教授  ご担当:衛生学、環境衛生
寺尾 宏(てらお ひろし)  
   岐阜県保健環境研究所主任専門研究員  ご担当:地球化学、地下水涵養源
肥田 登(ひだ のぼる)  
   秋田大学教育学部教授  ご担当:地理学、水文学、水位解析