研究所紹介
独立行政法人 産業技術総合研究所
化学物質リスク管理研究センター

 今年4月1日に、独立行政法人 産業技術総合研究所(以下、産総研と略称)が発足しました。産総研は、省庁再編に伴う国の試験研究機関の独立行政法人化に際して、旧通商産業省工業技術院傘下の15の研究所(資源環境技術総合研究所、物質工学工業技術研究所など)と計量教習所が統合されたものです。産総研は、つくばをはじめ日本各地に拠点的に配置された旧工業技術院の研究施設を引き継ぎ、職員数 約3200人を擁する、わが国最大規模の公的な研究機関です。
 産総研の研究分野は幅広く、研究分野の特殊性、研究のミッション、研究開発のフェーズの多様性に的確に対応するため、多様な形態の研究組織を配置しています。その柱となるのは「研究センター」と「研究部門」の2つです。研究センターは、研究資源を優先投入して、先導的・集中的に戦略的プロジェクトを推進する組織で、時限的に設置されトップダウン型マネージメントにより運営されることが特徴です。独立行政法人化の第1期には、23研究センターでスタートしました。
 一方、研究部門は、産総研のミッション達成と中長期戦略の実現に向けて、研究者個々人の発意に基づくボトムアップの研究テーマ設定を基本とし、一定の継続性を持って技術的ポテンシャルを発展させ、専門能力を涵養する場と位置づけられています。産総研発足時においては、22研究部門でスタートしました。
 化学物質リスク管理研究センター(以下、リスクセンターと略称)は、産総研にある23の研究センターのうちの一つです。中西準子研究センター長のもと、16人の研究スタッフと事務スタッフ(常勤職員)の他に、ポスドク、非常勤職員等を抱え、4月1日現在、総勢34人で構成されています。リスクセンターの主な研究分野は、数理モデルを使った環境濃度予測評価、曝露評価、人健康リスク評価、生態リスク評価、不確実性解析、リスク削減対策の社会経済的評価で、各分野での方法の開発と応用、実際の評価を行います。産総研およびリスクセンターに関する更に詳しい情報は、インターネットのホームページ(URL http://www.aist.go.jp/)から入手できます。
 今回は、リスクセンターの研究のうち、土壌環境関連の研究として、以下の2テーマを紹介します。

「土壌汚染における化学物質の溶出挙動と浄化過程の評価手法」
 従来、土壌環境における物質移動の問題については、地下水の流れや帯水層の特性などに関して水文地質学的な研究が行われてきました。しかし、土壌・地下水中に含まれる化学物質の分散性の問題や環境媒体との反応性についての研究は不十分で、汚染物質の溶出挙動の予測や浄化対策の事前評価を行うための統一的な数値解析手法はありません。そこで、リスクセンターでは、多孔質体における気−液混相流体の移流問題の解析手法および反応を含む輸送問題の計算アルゴリズムについて検討するとともに、その手法を土壌汚染浄化技術の解析・評価に応用する研究を行っています。
 土壌環境は、土壌や岩盤などの多孔質体とその間隙や亀裂の中を浸透する地下水とガスから成る流体とで構成されています。このような状況を3次元的に取り扱い、数理モデルで表すとき、その概念は図1のようになります。本研究では、解析対象領域を立体的なメッシュ型の要素に分割する手法を採用し、それぞれの要素に地質学的、水文学的な特性値を個別に設定することができるようにしています。
 例えば、地表から涵養した地下水は、土壌環境中を浸透し、帯水層中に滞留するか、地下深部の深層あるいは再び地表へと流動しますが、そのような複雑な水の動きを表現することも可能です。具体的には、運動方程式にダルシーの法則、状態方程式に貯留特性のモデル法則、連続の式に質量保存則を用い、気相と液相について同時に成立する基礎式を有限要素法によって解きます。また、地下水やガスに含まれる汚染物質は、単純に移流・分散するだけでなく、各種の反応(化学反応、化学平衡、吸着・脱離)を起こしますが、それらについても計算アルゴリズムの中で考慮しています。これまでに、この手法を米国ジョージア州のサバンナ川付近の土壌汚染地帯に適用しました。厚さ20mの不飽和帯水層の地表部からトリクロロエチレンが漏洩し、浸透する状況を想定し、解析領域の幅および長さは、40mとしました。反応に関する特性値である平衡定数、ヘンリー定数などの値は、米国EPAのデータベースを参考にしました。図2は、地下浸透する様子の例として、漏洩が始まってから10日後の液相トリクロロエチレンの濃度コンターです。汚染物質は、地表から10mまでの 不飽和帯に高濃度で滞留しており、一部は帯水層にまで達している様子が分かります。 さらに、この汚染現場で、坑井を通じて蒸気を汚染土壌に注入し、 汚染



▲図1 地盤環境ノモデル化と解析手法の概要


▲図2 液層化学物質の移流・分散特性(TCE)
物質の気化と脱離反応によって浄化を行う方法について、実際の観測値と計算値とを比較しました。その結果、気化や脱離が考慮されていないモデルでは、観測値と計算値との間に乖離が起こりますが、本研究のモデルでは、観測値と計算値とはよく一致することが分かりました。

「土壌−水分配係数における不確実性の解析」
 土壌−水分配係数は、汚染物質の土壌・底質への親和性を大略的に判断したり、上記のような化学物質の環境動態を予測する数理モデルにインプットされ、さらに高度に汚染物質の挙動を解析するために用いられています。しかし、その値は、論文・報告間で必ずしも一致しておらず、オーダーが異なる場合も見受けられます。そのような場合に、従来は、(1)信頼性のある公的機関のデータベースを用いる、(2)算術平均や幾何平均などの代表値をとる、等の方法がとられてきましたが、どの選択方法が一番良いかは判断できません。そこでリスクセンターでは、土壌−水分配係数を文献調査・実測により整備し、さらに、値が大きく異なる場合に、その要因を不確実性としてとらえ、不確実性の起原およびそれぞれの寄与を解析することにより、よりよい適用方法を探る研究を行っています。これまでに、不確実性解析方法の基本枠組みの構築を行ってきました。具体的には、土壌−水分配係数値における主要な不確実性の起源を、(1)土壌試料の不均一性によるもの及び測定方法の繰り返し精度に起因するものと、(2)土壌有機物の吸着能力の違いによるもの及び測定方法の違いに起因するものとに分けて考え、前者は正規分布、後者は対数正規分布で解析しました。さらに二つの確率分布をモンテカルロシミュレーションによって統合することで、土壌−水分配係数値を確率分布として提示する方法を開発しました。その方法を用いて、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン等の化学物質について解析したところ、従来用いられてきた代表値の一つである平均値の±10%の範囲に入る確率は、わずかに5〜10%しかなく、土壌−水分配係数が環境挙動の予測に大きく影響を与えると推察される場合には、その値に確率分布を導入し、既存情報を十分に生かした評価をする必要性が示唆されました。さらに、不確実性を減らすことを目的に新たな情報を得る場合の方針の立て方についても研究を進めています。