環境に関する企業の自主的取組を促進するシステムの構築について


弁護士  佐藤 泉

プロフィール
昭和34年5月28日生
出身地:神奈川県横浜市
昭和57年早稲田大学卒業
昭和62年来京弁護士会登録
平成8年佐藤泉法律事務所開設
専門分野:PL法、知的所有権関連法、環境関連法

1.いま、自主的取組が必要な理由
 ダイオキシンや環境ホルモンに関するいろいろなデータの公開や調査研究が進められている現在、企業としては、次にどのようなデータが出てくるのか、規制が行われるとすればどんな内容か、将来についての予測を立てにくくなっている。このように直接規制が現在行われていない、又は十分でない分野について、企業がどのような自主的対応を行っていくかは重要な問題である。何とかなるさと対策を講じない企業と、あらかじめ周到にシステムを構築して自主的取組を行う企業では将来大きな差が生じるであろう。なぜならば自主的取組には以下のようなメリットがあるからだ。

(1)紛争の予防
 通常の環境管理では現在規制の対象となっていない物質について、企業としてどのように対処するかノウハウがない。そこで規制対象外の物質についても、情報収集・監視・自主的取組の対象としておけば紛争の防止には非常に有効である。

(2)危険の早期発見、早期解決
たとえ紛争の危険が現実化した場合でも、これに対する適切な調査と対処するシステムが社内にあれば、紛争が深刻化する前に対処することができ、また紛争解決のための対話の手法を試みることができる。

(3)市場競争力の強化
 現在消費者は単に規制をクリアしているだけではなく、本当に安全なものを求めている。他の企業に先駆けて自主的取組を実行している企業の商品はグリーン購入※の対象となり、付加価値による競争力が強化されるだろう。

(4)規制の先取り
 規制が実施されてから急激な工場施設の改善や商品設計変更を行うことは、企業の資金計画を狂わせ大きな経済的負担となる。自主的取組を早期に進めることにより、規制を先取りした企業経営が行われていれば、規制への対応がスムースで競争業者に対する優位を保つことができる。

(5)役員・従業員の不安の除去
 研究開発に携わる従業員は、自分の開発した新技術が環境保護の観点から正しく利用されているのか不安感をもっている。また、企業の役員も未知の化学物質や未規制の化学物質についてどのような対応をすればよいのか、場合によっては取締役の個人責任を追及されることがないのか不安なはずだ。企業を構成する個人が企業を信頼して、安心して職務を行えるようなシステムを提供する必要がある。そのためには企業の自主的取組をシステム化して、そのルールのもとに安心して仕事ができるような環境が必要だ。

2.自主的取組の要素
 企業の自主的取組において、「できる範囲でやればよい」という甘えを持ち込む危険がある。このような甘えを許しては結果として自主的取組をした意味がなく、かえって社会の信頼を失い、また従業員の自信を喪失させることになる。自主的取組を積極的に進め成功させるためには、以下のようなシステムが必要だ。

(1)明確さ
 自主的取組の方向性・対応策・目標等について明確な設定を行う必要がある。

(2)努力目標だけでなく約束にする
 自主的取組の枠組みを作り、社内でのコンセンサスが得られた後は、これを約束として守るシステムが必要である。具体的には定期的なしビューと内部評価、達成度の確認とこれに対する責任の所在を明らかにする必要があるだろう。

(3)情報公開
 自主的取組を価値あるものにするためには、その内容と成果を公開するシステムが必要である。たとえば、営業報告への記載、新聞や広報誌による広報、環境監査報告書の作成などである。さらに、エコマークなどにより消費者に対する情報公開も可能である。

3.自主的取組を阻害する要因
(1)何が本当に環境に優しいのか
  自主的取組の一つの阻害要因は、何が「環境に優しい」のかが分からなくなってきていることである。
  一つの化学物質の有害性が指摘され、その対策として代替物質を開発すると、数年後にはその代替物質の有害性が判明する。二酸化炭素発生量を減らすために原子力発電を行うと、放射性廃棄物の問題が生じる。
  リサイクルにもかなりのエネルギーを使う。個々の企業が環境対策として行っていることが果たして本当に環境対策になっているのかを、だれが、どうやって、いつ判断するのか。迷路で自主的努力を促しても、その結果については予測がつかない。
  この点で、スウェーデンで発足した環境保護団体「ナチュラル・ステップ」が提案する下記の「4つの原則」の示唆は興味深い。
 A.地殻の物質をシステム的に自然に増やさなし)
 B.人間社会で生産した物質(たとれよ化学物質)をシステム的に自然に増やさない
 C.自然の循環と多様性を支える物理的基盤を守る
 D.効率的な資源利用と公正な資源配分が行われている
  ナチュラルステップは、以上の4原則を羅針盤として、多くの企業や地方自治体に自主的取組を提案し、対話による自主的取組を成功させている。混乱する科学情報や細部における意見の対立を乗り越え、自主的取組の基本路線を確立するためには、このような羅針盤としてのコンセンサスが不可欠である。

(2)企業秘密はどう守るか
  今までの企業経営は企業秘密を守り新技術を開発することにあった。しかし、環境に関する技術は、プラスの情報もマイナスの情報も科学 者の間で情報の交換が促進されなければならない。いわゆる灰色の化学物質について、どのような情報公開システムを社会的に構築し、それを企業内の開発システムとりンクさせるかは今後重要な課題である。

グリーン購入
地方自治体や企業などが、環境に配慮した商品を優先して調達する方針を取ること