特別寄稿 不溶化にもっと科学を

和田 信一郎 九州大学教授
大学院農学研究院
植物資源科学部門
和田 信一郎
プロフィール
1976年 九州大学大学院農学研究科博士課程中退
1976年 同大助手
1980年 農学博士(九州大学)
1992年 同大助教授
2009年より現職。一貫して、土壌鉱物の構造と性質に基づいて土の挙動を理解するための研究を行っている。

1.重金属類の不溶化技術の重要性
  重金属類は分解不可能ですし、土粒子との相互作用が強いため除去することも容易ではありません。不溶化処理は、掘削除去以外の対策法としては、数少ない選択肢の一つです。現在のところそれは第二溶出量基準に適合した汚染土に対し、土地の所有者等が希望した場合に適用される限定的な技術でしかありません。しかし、トンネル工事などにともなう、ヒ素の溶出濃度の高いズリなどの処分などにおいては、不溶化処理以外の現実的な対策技術は見当たりません。また信頼性の高い不溶化技術は、土壌汚染対策だけでなく、高濃度の鉛を含むゴミ焼却飛灰などの特別管理一般廃棄物の処分にも応用できるはずです。
  このような潜在的な重要性にもかかわらず、不溶化機構や長期的安定性に関する理解がまだ十分ではなく、それが不溶化技術の採用に二の足を踏ませる原因になっているような気がします。

2.不溶化機構が十分明らかな処理法
  重金属類を特定の組成の難溶性化合物に転換する方法については、不溶化機構が十分に明らかです。たとえば、硫化ナトリウムを添加して、鉛、カドミウム、水銀などを硫化物に転換する方法の場合、反応機構も反応生成物の性質もほぼ明らかと言えます。処理によって溶出濃度をどの程度低下させることができるかも、処理の安定性についても予測可能です。現在、これらの方法は汚染表土の原位置不溶化処理にはほとんど採用されていませんが、それは硫化物は酸素の存在下では熱力学的には不安定であることが理解されている結果でしょう。

3.意外と知られていない不溶化機構
  いわゆるチタン系、セリウム系、Ca系、Mg系などと略称される粉体を汚染土に混合する処理法における不溶化機構は、漠然と「吸着」と考えられているようです。基本的にはその通りでしょうが、「吸着」といっても、吸着するものとされるものの間に働く相互作用の仕方によって色々です。

  酸化物鉱物や水酸化物鉱物は、その結晶の内部構造にかかわらず、表面はびっしりとヒドロキシ基(-OH)で覆われています。表面のヒドロキシ基はかなり反応性が高く、たとえば鉛イオンやヒ酸イオンと次のように反応します。この反応は表面錯形成反応と呼ばれています。
  つまり、表面錯形成反応は吸着反応の一種ではありますが、重金属類と表面との間にはかなり強い化学結合が形成されているのです。
実は、土にはほとんど普遍的に含まれる酸化鉄鉱物の表面にも同じようにヒドロキシ基が存在するので、不溶化剤として機能します。図2は、3種の土に硝酸鉛溶液を添加し、水酸化ナトリウムを加えてpHを調節しながら、溶液中の鉛濃度を測定したものです。pHを上昇させると鉛濃度がどんどん低下しています。土によって異なりますが、あるpH以上では溶出量基準以下になっています。これは鉛イオンが、土に含まれる鉱物の表面のヒドロキシ基によって図1のような反応に従って固定されたものです。
pHを上昇させたとき鉛濃度が低下するのは、水酸化鉛の沈殿が生ずるせいもあるのではないかと考える方もいるかもしれませんが、それは違います。図2に示した折れ線は水酸化鉛の溶解度を示す線です。鉛が単に水酸化鉛として沈澱しているだけなら、この線が示す濃度以下にはなりません。
  しかも、土によってはpH調節後、時間が経つにつれ鉛濃度はさらに低下します。これは鉛が鉱物の内部に入っていくためだと考えられています。図3はある土に含まれる水酸化鉄鉱物粒子の一部の電子顕微鏡写真です。黒い縞として映っているのは鉱物の結晶格子ですが、微結晶の端から端まで伸びておらず途中で途切れています。このように、土の鉱物には欠陥部が多く、いったん表面に結合した鉛イオンなどがこのような欠陥部に沿って内部に移動すると考えられています。
        
図1.水酸化鉄鉱物上の鉛イオンとヒ酸の表面錯体
図1.水酸化鉄鉱物上の鉛イオンとヒ酸の表面錯体



図2.土のpH調節による鉛の不溶化
  図2土のpH調節による鉛の不溶化


図3.土の水酸化鉄鉱物の結晶格子の電子顕微鏡写真
図3土の水酸化鉄鉱物の結晶格子の
電子顕微鏡写真




4.さらなる研究が必要なことがら
  不溶化処理の適用を検討している方々が一番知りたいことは、処理土の安定性でしょう。1年程度の期間内での安定性であれば、少し頑張って処理土のモニタリングを継続すれば評価することができます。しかし、10年とか100年となるとそうはいきません。処理によって重金属類が、どのような形態に転換されるのかを特定することが重要になります。ところが、このような立場からの研究はまだ不十分です。
  たとえば、ヒ素汚染土に鉄塩を添加するとヒ素はヒ酸鉄として固定されると考えられがちですが、そうとは限りません。なぜなら、鉄は水酸化物を形成しやすく、濃度によっては土に添加する鉄塩水溶液の中にすでに水酸化物鉱物が生成することもあります。また土に添加されると、ヒ酸と反応する前に土と反応して水酸化物鉱物になることもあります。このような場合、ヒ素はヒ酸鉄ではなく、図1のような表面錯体となっている可能性の方が高くなります。
  また、最近マグネシア(酸化マグネシウム)系の不溶化資材が注目されています。これは鉛、ヒ素、セレン、シアン、フッ素など多くの重金属類の不溶化に効果があります。不溶化の効果は、溶出試験という明快な方法で確認されているので疑う余地はありません。しかしフッ素以外のものについては不溶化の機構は不明といってもいいくらいです。マグネシアはアルカリ性の資材ですから土に添加すると土の間隙水のpHは上昇します。すると、土に含まれる鉱物自体が、図2に示したように不溶化資材として機能します。マグネシア自体が重金属を固定しているのか、マグネシアのアルカリ性による間接的な効果なのかよく分かっていません。
  マグネシアは反応性の高い物質です。土に含まれる石英とさえ反応して新しい鉱物を生成したりします。図4はマグネシアと石英の反応によって石英表面に生成した微小鉱物の電子顕微鏡写真です。このような鉱物が生成し、その中に重金属類が取り込まれている可能性もあります。
  安定性を科学的に議論するためには、不溶化処理研究にもっと科学が必要と思われます。放射性廃棄物の地層処分における人工バリアの研究と同じような考え方で進める必要があるのではないでしょうか。
図4.マグネシアと反応させた石英表面に生成した鉱物図4マグネシアと反応させた石英表面に
生成した鉱物