〜 特 別 寄 稿 〜

資源地質からみた土壌


山形大学教授 中島和夫  山形大学教授
 (理学部地球環境学科)
 中島 和夫
プロフィール 
1953年 広島県生まれ
広島大学大学院修了.理学博士
1982年 山形大学助手、同大助教授
1996年より現職
南米ボリビアでの技術協力、しんかい2000での
海底調査などを経験
専門は鉱床学

1.はじめに
  土壌環境ニュースの創刊から10年を迎えた節目の年に、しかもカラー化された最初の号に寄稿の機会を与えていただき、深く感謝申し上げます。また多くの会員諸氏が土壌環境を守ることを主旨として土壌環境センターに集い、運営されていることに敬意を払います。と同時に、土壌環境センター関係団体諸氏の益々のご発展をお祈りいたします。
  さて、私は鉱物・鉱床学を専門とし、資源地質学会に所属していますので、その立場からみた土壌についてまとめてみたいと思います。資源地質学会とは1951年から発足した鉱山地質学会が1992年に名前を変えたもので、1998年からは英文誌(Resource Geology)と和文誌(資源地質)を年に数冊発行しています。まだ国内の鉱山が隆盛を誇っていた1980年代までは、国内外の資源の探査、鉱床の成因論などについての論文が多く掲載されていました。しかし、1990年代に入って国内鉱山の衰退とともに資源探査や鉱床の記載は主に海外を対象としたものになり、国内鉱山についての論文は激減しました。その代わり、海外資源についての研究や、土壌汚染や高レベル廃棄物のナチュラルアナログに関連した元素移動などに関する論文が増えてきています。
  ここでは土壌形成に関係の深い浅成富化作用と、学会から最近出版された特集号(「資源環境地質学−地球史と環境汚染を読む」,資源地質学会, 2003)の中から環境汚染に関連する記事を紹介したいと思います。

2.浅成富化作用
  鉱床地帯では風化作用に伴って非常に重要な現象が知られています。それは、浅成富化作用(二次富化作用)というもので、図1の様な断面になります。土壌層位と似ていますが、硫化物
からできる酸の影響により大きく反応が進みます。ここでは、銅の主要な鉱床である斑岩銅鉱床の例で、初生鉱体中の銅の品位は0.15%程度です。風化帯上部の溶脱帯では初生鉱体中の黄銅鉱が分解してCu+が溶出するとともに、イオウが酸化されて硫酸になるため、さらに岩石の溶脱が進みます。銅は地表付近では酸化されるため、自然銅(Cu0)→赤銅鉱(Cu+12O)→黒銅鉱(Cu+2O)のように、地表に向かうにつれて酸化的な鉱物として沈殿します。一方、下方では地下水位面よりも下で一気に還元的となるので、コベリンや輝銅鉱といった硫化物として沈殿します。この部分を富化帯といい、初生鉱体よりも品位が5倍程度まで上昇します。したがって浅部の鉱床の場合、この富化帯の広がりと厚さがどれくらいあるかで採算性が大きく左右されるのです。このように、風化帯では酸化還元で金属が大きく移動することが分かります。

図1 浅成富化作用の模式図 (Titley, 1978に加筆)

3.「資源環境地質学」から

  この特集号の第IV章では「資源と環境」という見出しで、資源地質学の将来について展望しています。その中から土壌や環境汚染に関係した項目について挙げてみます。
  IV-A1 章「鉱山廃水と公鉱害・現代の環境汚染」(久保田喜裕):足尾銅山鉱毒事件の経緯をふまえて一般的な鉱害の特徴を明らかにし、わが国の代表的な鉱山から排出される坑内水と堆積場の浸透水の化学組成の特徴について論じている。
  IV-A2 章「ヒ素に汚染された地下水」(島田允堯):帯水層の地質状況から、堆積岩タイプと変成岩タイプに分かれることと、ヒ素の存在状態と溶出過程から、水酸化第二鉄型と硫化物型に分かれるとしている。そしてそれぞれのタイプと型の実例に触れて解説している。
  IV-A5 章「バイオリーチング」(千田 佶):鉄酸化細菌や硫黄酸化細菌などの種類の特徴とバイオリーチングのメカニズム、反応速度の向上法、実用例について紹介している。
  IV-A6 章「鉱物を用いた地質汚染浄化」(丸茂克美):モンモリロナイト、ハロイサイト、ゲーサイト、アロフェンなどを使った有害元素の吸着について、そのメカニズムやヒ素等重金属汚染土の処理法、鉱物表面や鉱物内部へのヒ素の吸着、固定の原理などを紹介している。
  また、20億年以上前の土壌(?)である“古土壌”について調べることにより、地球大気に酸素が増えていった歴史を読みとるという研究を紹介します〔「II-2 地球大気はいつから酸化的になったか?:大本・ホランド論争」(掛川 武)〕。その概要は以下の通りです。
  ホランドとその共同研究者たちは、最初の大規模な大気酸化は、22億年前頃に起こったと考えた。その大きな根拠となったのが古土壌であった。22億年以前の古土壌ではFeが著しく枯渇しており(図2)、それ以降の古土壌にはそのような傾向は見られない、ということから、ホランドはこの鉄溶脱を還元的状態で岩石と雨水が反応したためと考え、還元的大気の証拠に挙げた。これに対し大本は、

図2 ホランドによる縞状鉄鉱層の形成モデル(掛川, 2003)
光合成微生物(シアノバクテリア)が発生したのは約38億年前のことであることやその他の証拠から、大本は大気中に酸素が増え始めたのも22億年よりはるかに前であるという説を提唱している。
  土壌は現在では、有機物や微生物などを含めているので、その概念からすると古土壌は生物の上陸以前のものなので土壌にあらず、ということになるのでしょうか。この論争の立て役者であるホランドと大本は資源地質分野で世界的な仕事をしている研究者です。彼たちがなぜ原始大気のことを議論するかと言えば、原始大気中に酸素がない(乏しい)時代の資源と考えられている、縞状鉄鉱層(約35〜19億年前)と砕屑性ウラン鉱床(約25〜24億年前)の存在があげられます(図2)。これらはもちろん鉄とウランの最大の供給源でもあり、原始地球の進化と大きく関係していることから、資源科学者の琴線に触れるのでしょう。

4.おわりに

  ここに挙げさせていただいた浅成富化作用や「資源環境地質学」のいくつかの項目については、土壌環境を専門にされている関係諸氏からすれば、ある意味では稚拙とおしかりを受けるかも知れません。しかし鉱床が資源の濃集した結果であるとすれば、土壌汚染も金属の濃集という点では同じ過程で生じます。遅ればせながら資源関係者もその点に気がつき、探査的手法を持って環境汚染分野に入りつつあるという現状をご紹介しました。


引用文献
  掛川 武 (2003) 資源環境地質学, 254-256, 資源地質学会, 492p.
  Titley, S.R. (1978) Economic Geology, 73, 768-784.