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神奈川県環境農政部 大気水質課長 野口 基一 技術士(衛生工学部門) プロフィール 1943年 東京都生まれ 1970年 横浜国立大学工学部卒 2000年 神奈川県大気水質課長 |
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1. はじめに 神奈川県では、昭和46年に制定した「神奈川県公害防止条例」の中で、土壌汚染の規定をもうけて取り組みを始めた。土壌汚染は、通常、大気の汚染又は水質の汚濁を通じて引き起こされることから、ばい煙、排水の規制について十分な手当をしておけば、その目的が達成できるとした。 しかしながら、今日の環境問題は、「廃棄物の増大、自動車排出ガスによる大気の汚染や生活排水による水質の汚濁、有害物質による土壌・地下水汚染などの地域問題から、オゾン層の破壊などの地球的な規模の問題まで拡大」しており、従来の公害の防止に止まらず広く環境保全上の支障の防止に向けた取組みが必要となることから、公害防止条例を廃止し、平成9年に、「神奈川県生活環境の保全等に関する条例(以下「条例」という)」を制定した。 新しい条例では、「土壌汚染を原因とする公害を防止するための規定」、「地下水の水質の浄化に係る規定」、「地下水の採取に伴う地盤の沈下の防止のための規定」を設けて、土壌汚染の防止等について積極的に取り組んだ。 土壌汚染を規定するにあたって、有害物質が工場・事業場などで、いつ、どこで、どのように取り扱われていたか、また、漏出等の事故が生じたことはあったのかといった情報が極めて重要となるが、過去における有害物質の使用状況を詳細に記録している工場・事業場は多くはなく、調査、対策を行う上での大きな課題となり、また、土地売買を繰り返した結果、敷地内において過去に有害物質が取り扱われていた事実を事業者自身でさえ把握していない状況も起こっている。 このような現状を踏まえ、条例では、有害物質を取り扱っている事業者に対して使用状況等の記録を作成させ、土地売買等に際してはそれを引き継ぐこと、また土地の区画形質の変更等が生じる場合の土壌調査・ボーリング調査や公害防止計画書の作成などの義務を課すことにした。 2.土壌汚染に係る条例の概要 (1)特定有害物質の使用状況等記録の作成 条例では、排水に含まれるカドミウムなどの人の健康及び生活環境に係る被害を生ずるおそれがある物質として30物質を定め、その中から25物質を「特定有害物質」として定め、特定有害物質を製造し、使用し、処理し若しくは保管する事業所を設置する者に対して、その使用状況等の調査や記録を義務化した。 記録の作成については、常時、行政が記録の作成を確認するような仕組みとしていないが、水質汚濁防止法などの届出対象事業所のうち特定有害物質を使用している者については、立入検査等の機会を利用して、定期的(年1回以上)に作成させるほか、事故時等にはその都度作成するよう指導している。なお、条例では、原則として規模又は使用量による裾切り等を設けていない。これは、特定有害物質の使用量が少量であることが、必ずしも土壌汚染のリスクが少ないことを意味しない、という考えに基づいている。 (2)記録の引継義務 事業者が特定有害物質使用地を譲渡等する場合には、特定有害物質の使用状況等の記録をその譲渡先に交付しなくてはならないとした。記録をその後の管理者に交付することにより、責任の所在を明らかにすることができるとともに、実際に土壌調査を行う場合にあっては、調査をより効率的に行うことが可能になる。 |
(3)特定有害物質使用事業所を廃止する際の届出 特定有害物質使用事業所を設置している者は、当該事業所を廃止しようとするときに、(ア)資料等調査、(イ)表土調査(又は土壌ガス調査)、(ウ)ボーリング調査等を実施し、その結果を知事に届出することとした。 この条例での「事業所の廃止」とは、現在その場所で行われている事業を、再開を前提とせずに中止することを指しており、事業所の移転に伴う廃止、組織の解散に伴う廃止などを含んでいる(図1参照)。 (4)特定有害物質使用地における土地の区画形質の変更を行う際の届出 次に特定有害物質使用地において土地の区画形質の変更を行おうとする事業者については、土地の区画形質の変更に係る計画、土壌の汚染状況に係る調査結果、「汚染された土壌に起因する公害」を防止するための必要な計画及び計画が完了した報告書等を知事に届出することとした。 土地の区画形質の変更については、土壌汚染が特定有害物質使用地に止まっており、周辺の環境に影響を及ぼさない場合、直ちに「公害」とみなして対策を実施させることが必ずしも適当でないことから、土壌汚染が「周辺の環境に影響を及ぼすこと」を防止するという観点から、汚染された土壌が飛散したり、流出したり、また、雨水が浸透する経路が変わるなどの可能性があることを考慮して「土地の区画形質の変更を行おうとするとき」を取り上げ、その時点で調査、対策を実施させるとした。 ここでいう「汚染土壌に起因する公害」とは、(ア)汚染土壌が露出面から飛散、流出し、周囲に拡散すること、(イ)汚染土壌中の有害物質が地下水汚染を引き起こすこと等を想定している表現であり、土地の区画形質の変更を行う際には、これらが生じないような措置を講ずることとした(図2参照)。 (5)公害防止計画書の作成 特定有害物質使用事業所の廃止又は特定有害物質使用地における土地の区画形質の変更の際に実施した調査の結果、土壌汚染が見つかった場合は、土地の区画形質の変更に先立ち、公害防止計画書を作成し、対策を実施するとした。 したがって、「公害防止計画書」には、工事施工中に生じる公害を防止するための計画のみを指すのではなく、将来にわたって汚染が拡大することを防止するための計画が含まれていなければなら |
▲図1 特定有害物質使用事業所を廃止する際の流れ ▲図2 特定有害物質使用地における土地の区画形質の変更を行う際の流れ |
ない。したがって、事業者に対しては、 このような将来にわたる汚染リスクが少ない方法を実施するよう指導している。 (6)特定廃棄物処分場敷地等の取扱い 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という)に基づき、安全性が確保され、適正に閉鎖された後の廃棄物処分場にあっては、廃掃法の制約を受けず、その跡地については通常の土地と同様な土地利用が可能となる。 このため、新たに都市計画などの開発に伴う土地利用形態の変更や土地所有者等による土地使用目的の変更等により、廃棄物処分場跡地に対する一部若しくは全部の変更が生じることにより、安全が確認され閉鎖された廃棄物処分場跡地が、形質の変更を受けることにより廃棄物処分場跡地としての安全性の確保が難しくなり、飛散、流出等の新たな公害が発生するため、廃棄物処分場跡地を土壌汚染の対象とした。 特定有害物質使用地の場合と同様に、特定廃棄物処分場についてもその稼働時には廃棄物の処分状況等の記録を作成し、当該土地を譲渡等する場合にあってはその記録を引き継ぐこと、また区画形質の変更を行う事業者は、特定有害物質使用地における場合と同様に、土壌の汚染状況に係る調査結果や埋め立てられた物又は汚染された土壌に起因する公害を防止するために必要な計画及び計画を完了したことの報告書を知事に届出するとした。 3.課題 平成10年4月1日に条例を施行したが、これまでの事例から、次のような課題をあげることができる。 (1) 重金属類による土壌汚染の浄化対策は、作業性や長期間にわたる浄化対策を考慮した外部での汚染土 壌の処理、処分が適正に行われるシステムが必要である。 (2) 汚染原因者の費用負担能力として、中小企業者等を十分に考慮した対応が必要である。 (3) 汚染原因者が不明で浄化対策の実施主体がなくなってしまう場合の対応について検討する必要がある。 (4) 土壌汚染が見つかった場合、事業者がその事実を公表、報告するシステムとなっていないことから、周辺 地域への影響や浄化対策に支障を及ぼすおそれがあり、事業者自らの公表や自治体への報告に関する 制度づくりが必要である。 4.今後の事業者への指導について 現状と課題を踏まえて、特定有害物質を使用等する事業所に対して、次のことを重点にして、周辺環境の負荷 への低減化の推進を図る。 ○特定有害物質を取り扱う事業所に対する地下への漏洩防止対策の徹底 ○特定有害物質を取り扱う事業所に対する記録の保存の徹底 |