土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針の
改訂に関する技術講演会報告
平成11年7月5日(月)、大阪府吹田市の万博記念公園内のオオサカサンパレスにおいて、(社)土壌環境センター主催の「土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針の改訂に関する技術講演会」が開催された。指針改訂直後の本年2月15日に開催された東京での同講演会が好評を博したことはこの紙面でもご紹介した。今回の大阪での講演会開催は「関西地区でも是非に」との要望に答えて企画されたものである。改訂指針内容の説明会の趣が強かった前回に比べ、改訂指針施行半年が経過した今回の講演会は、改訂後の現場の実状を反映した内容のプログラム編成となった。
会場の「オービツト・ホール」には開始1時間前から出席者が姿を見せ、定刻の13時にはほぼ満席となった。当日の出席者数は、会員企業から78名、自治体から21名、その他企業から199名の合計298名で、当初予定の250名を上回る出席者数となった。また、今回の講演会ために再版されたテキストの会場での当日販売部数は201部に及び、土壌・地下水汚染への関心の高さを示していた。
講演会は土壌環境センターの美坂康有常務理事の挨拶で始まり、今回の指針改訂を指導された大阪大学大学院村岡浩爾教授による「土壌・地下水環境と今後の展望」と題した基調講演(後述)が行われた。引き続いて、環境庁水質保全局企画課地下水・地盤環境室益山光一地下水水質保全係長による指針内容の説明があった。
休憩を挟んで、指針改訂に伴う技術的事例説明が、土壌環境センターの前川統一郎、谷口紳、峠和男の3氏により行われた。前川氏は「土壌・地下水汚染に係る調査および評価」の立場から、谷口氏は「土壌・地下水汚染の処理と対策」の立場からそれぞれ事例紹介を行った。また、峠氏は改訂指針施行後当センターに寄せられた「調査・対策指針運用墓準」にに対する質間に回答する形で改訂指針の運用について説明を行った。
事例説明の後のパネル討論では、現場担当者からの切実な質問が投げ掛けられ、緊張感溢れる質疑応答となった。
4時間に及ぶ講演会も短く感じられる盛り上がりの中、土壌環境センター伴建一郎広報・教育委員長の閉会挨拶で閉会した。
最後に、村岡教授の基調講演内容を掲載して、関西での技術講演会報告報告とする。
基調講演
土壌・地下水環境と今後の展望
大阪大学大学院教授 村岡 浩爾
1.土壌・地下水間題の最近の背
平成10年には名古屋市をはじめ多くの市街地の企業敷地で、揮発性有機化合物による土壌・地下水の汚染事例が多数報道された。これには次のような社会的背景が関係していると思われる。
1) ISO14001認証取得に矛盾しない浄化精神
2) 最終処分地等の跡地利用の動き
3) 環境基準項目にフッ素、ほう素、硝酸性窒および亜硝酸性窒素の追加
4) ダイオキシン、環境ホルモン等化学物質の環境中での存在
また、環境庁による全国自治体へのアンケート調査が整理され、現実に土壌・地下水間題の実態と社会認識が高まっていることにも裏づけられる。これらの背景をもとにして、環境庁は平成6年版を全面見直し、平成11年3月に「土壌・地下水汚染に係わる調査・対策指針運用基準」をまとめた。
2.地下水の利用と劣化
地下水は「水量」「水質」「恒温性」がそれぞれに適切であるがゆえに資源としての価値が高い。本来この特性は一つの流域(地下水の酒養域、流動域、滞留域)の中での水循環が障害を受けていないときに高い価値を持つ。しかし現実の地下水汚染は、環境汚染の程度はどうであれ、空間的にみて局所的な問題が多い。すなわち地下水の「汚染」と「劣化」が結びついていない。地下水の劣化は広域的なものであって次のような例をいう。そして劣化が進み、地下水の利用が危機的なものにならないための保全が基本的に必要である。
1) 関東平野の地下水盆は、夏期の水需要のため深層地下水を汲み上げ、水鼓が極端に下がる断水破壊状態にある。
2) 熊本地域は豊かな地下水を使いすぎ、流出量が湧養量を上回って水収支がとれなくなってきている。
3) 地下水涵養源である森林(特に自然樹林)の劣化や、水田の休耕田化による水田面積の減少により、酒養量が減少の傾向にある。
3.土壌の利用と劣化
土壌はまさに「母なる大地」である。食糧生産、水・空気の浄化、気侯安定化、文化の培地等、その機能は際限がない。しかし我々が日ごろ環境間題を取りあげるのは重金属や揮発性有機化合物によるスポット的な土壌汚染である。この汚染は最近の一般廃棄物処理場を発生源とするダイオキシンによる土壌汚染も含め、極めて厳しい環境汚染でありその対策が急がれるが、国土レベルの土壌の劣化という観点からは我が国では制度的にはあまり評価されていない。FAO、UNESCO、UNEPでは1974年以来土の劣化を評価するため、潜在的な劣化を与える現象要因として「風食」「水食」「塩類化」「アルカリ化」をあげ、調査を行っている。そして劣化を進める行動原因として(1)森林の伐採 (2)過放牧 (3)農業開発と不適切管理 (4)植生の過剰利用 (5)工業活動があるとしている。
4.汚染対策の難しさと解決の方法
法制度と技術指針等の整備が進み、土壌・地下水汚染の調査によってその実態が明らかになってきているが、汚染の未然防止はもちろんのこと、汚染対策をどう進めるかについて現実的な課題は多い。この場合、行政(国、地方自治体)、汚染原因者、当該事業管理者、当該土地所有者、技術者、学識経験者、周辺の住民、NGOのそれぞれの立場から課題への取り組みが必要となってくる。汚染事実の把握以降、基本的には次のような課題が考えられる。
1) 汚染通報受理後の情報収集と情報開示のあり方(自治体)
2) 汚染調査資料に基づく機構解明の調査と対策方法の検討のあり方(自治体、事業者等、学識経験者)
3) 対策技術の開発と技術機能の認定の方法(技術者、学識経験者)
4) 技術の選択・採択および経費のあり方(自治体、事業者等、技術者)
5) 対策支援のあり方(国、自治体、事業者等、NGO)
6) 対策効果の把握と評価のあり方(国、自治体、学識経験者)
7) 対策結果の公表のあり方(自治体)
5.共有物としての土壌・地下水
土壌・地下水は国民の共有物(Common)である。特に水は石油等の地下資源と違って再生可能な資源である。最近、「健全な水資源」をめぐる共通認識を目指す協議が国の水関連省庁間で進められているが、これは部分的な循環過程を損なわないというだけでなく、流域を単位とする循環系全体が健全であることを基本とするものである。このため、中・下流域に集中し勝ちな土壌・地下水汚染の保全対策だけでなく、地下水の涵養域である森林や水田の保全が共有物としての地下水を守る公的な責任を帯びた法的手段に従うものでなければならない。そうでなければ土壌・地下水は「コモンズの悲劇」(平成11年度版・環境白書、第1部第2章第3節参照)になりかねない。